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●キングハムスターの収集

キングハムスターの収集
2004
ミクストメディア
サイズ可変







キングハムスターの逆襲

1, 救出 囚われの身となったキングハムスターを助け出す
2, 逆襲 3メートル超の9匹乗りの戦闘機で人類に反旗を翻す
3, 収集 人類の皮を剥がし収集する
  の三部作

愛玩動物として、人気を集めるハムスター。ミッキーマウスやピカチューなど、ネズミ族のスターは、ネズミ族は虐げられているのにも関わらず、人気を集めている。そのハムスター達が、人類と同等の知能を身につけ、人類に刃向かい、反旗を翻す、そしてさらには、人類に似た、残忍な趣味をも始める。

全て、フィクションに基づく立体作品。

これまで作品への社会性という名で、ニュース的ソースを作品に盛り込んで、現実をこえるアイロニーや違った未来をインスパイアーしたいと思い、継続してそのような方向性で制作をしてきました。
奇しくも、過去二回の展示で開戦、自衛隊派兵と展示テーマがかぶり、まさかとおきないだろう思っていた事件が会期前後におこるという偶然に巡り会いました。しかし、そこで感じたものは自分の無力感でした。自分のニュース的なものへの皮肉がなんの力も持たないと感じ、自分と自分の作品の意味を失う瞬間でした。

9.11以降、アフガン攻撃、イラク戦争と現実は私の想像力を遙かにしのぐスピードで、想像を超えた方向、予想がついたとしても、まさかいかないだろうと考えていた方向に向かい、社会性を作品の根幹に置いたところで、人をインスパイアーさせることも、現実を抑止する力も持ち得ないと感じました。つまり、現実に近い社会性のフィクションや、パロディーが通用する感覚は麻痺し、その効力を完全に失った状態に今あると思います。

しかし、これは異常な状況であり、このまま永遠に続くことではないと思います。しかしこの状況の中で作品を造るためには、テーマ性やメッセージ性、社会性を最小限にし、手を動かすこと、作る中で楽しむことを最優先にさせる。それ以外に今の自分がリアリティーを感じながら作品制作する方法はないと結論づけました。

私の反応はアメリカのアーティスト達のテロ以降のそれとはまた異なった反応だと思います。推測するに彼らの感覚は喪失感と現実に対する驚愕。どんな大きさのイリュージョンも成立しなくなったという感覚かと思っています。私の感じている感覚は、圧倒的な力によって全てがまかり通っていることへの無力感、つまりはテロ以降の世界が見せたうねりに対する感覚なのです。僕はこの感覚は、当事国以外の世界が感じているものだと思います。

ナンセンスという名の、現実からの一時逃避というのが一番適切かもしれません。しかし、それが現在の自分の感覚のリアルな表出のための、唯一の方法のように思います。

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●キングハムスターの要塞

キングハムスターの要塞

2004
ミクストメディア
サイズ可変







キングハムスターの逆襲

1, 救出 囚われの身となったキングハムスターを助け出す
2, 逆襲 3メートル超の9匹乗りの戦闘機で人類に反旗を翻す
3, 収集 人類の皮を剥がし収集する
  の三部作
このキングハムスターの要塞は三部作の続編として制作した。

愛玩動物として、人気を集めるハムスター。ミッキーマウスやピカチューなど、ネズミ族のスターは、ネズミ族は虐げられているのにも関わらず、人気を集めている。そのハムスター達が、人類と同等の知能を身につけ、人類に刃向かい、反旗を翻す、そしてさらには、人類に似た、残忍な趣味をも始める。

全て、フィクションに基づく立体作品。

これまで作品への社会性という名で、ニュース的ソースを作品に盛り込んで、現実をこえるアイロニーや違った未来をインスパイアーしたいと思い、継続してそのような方向性で制作をしてきました。
奇しくも、過去二回の展示で開戦、自衛隊派兵と展示テーマがかぶり、まさかとおきないだろう思っていた事件が会期前後におこるという偶然に巡り会いました。しかし、そこで感じたものは自分の無力感でした。自分のニュース的なものへの皮肉がなんの力も持たないと感じ、自分と自分の作品の意味を失う瞬間でした。

9.11以降、アフガン攻撃、イラク戦争と現実は私の想像力を遙かにしのぐスピードで、想像を超えた方向、予想がついたとしても、まさかいかないだろうと考えていた方向に向かい、社会性を作品の根幹に置いたところで、人をインスパイアーさせることも、現実を抑止する力も持ち得ないと感じました。つまり、現実に近い社会性のフィクションや、パロディーが通用する感覚は麻痺し、その効力を完全に失った状態に今あると思います。

しかし、これは異常な状況であり、このまま永遠に続くことではないと思います。しかしこの状況の中で作品を造るためには、テーマ性やメッセージ性、社会性を最小限にし、手を動かすこと、作る中で楽しむことを最優先にさせる。それ以外に今の自分がリアリティーを感じながら作品制作する方法はないと結論づけました。

私の反応はアメリカのアーティスト達のテロ以降のそれとはまた異なった反応だと思います。推測するに彼らの感覚は喪失感と現実に対する驚愕。どんな大きさのイリュージョンも成立しなくなったという感覚かと思っています。私の感じている感覚は、圧倒的な力によって全てがまかり通っていることへの無力感、つまりはテロ以降の世界が見せたうねりに対する感覚なのです。僕はこの感覚は、当事国以外の世界が感じているものだと思います。

ナンセンスという名の、現実からの一時逃避というのが一番適切かもしれません。しかし、それが現在の自分の感覚のリアルな表出のための、唯一の方法のように思います。


●キングハムスターの逆襲

キングハムスターの逆襲

2004
ミクストメディア
サイズ可変







キングハムスターの逆襲

1, 救出 囚われの身となったキングハムスターを助け出す
2, 逆襲 3メートル超の9匹乗りの戦闘機で人類に反旗を翻す
3, 収集 人類の皮を剥がし収集する
  の三部作

愛玩動物として、人気を集めるハムスター。ミッキーマウスやピカチューなど、ネズミ族のスターは、ネズミ族は虐げられているのにも関わらず、人気を集めている。そのハムスター達が、人類と同等の知能を身につけ、人類に刃向かい、反旗を翻す、そしてさらには、人類に似た、残忍な趣味をも始める。

全て、フィクションに基づく立体作品。

これまで作品への社会性という名で、ニュース的ソースを作品に盛り込んで、現実をこえるアイロニーや違った未来をインスパイアーしたいと思い、継続してそのような方向性で制作をしてきました。
奇しくも、過去二回の展示で開戦、自衛隊派兵と展示テーマがかぶり、まさかとおきないだろう思っていた事件が会期前後におこるという偶然に巡り会いました。しかし、そこで感じたものは自分の無力感でした。自分のニュース的なものへの皮肉がなんの力も持たないと感じ、自分と自分の作品の意味を失う瞬間でした。

9.11以降、アフガン攻撃、イラク戦争と現実は私の想像力を遙かにしのぐスピードで、想像を超えた方向、予想がついたとしても、まさかいかないだろうと考えていた方向に向かい、社会性を作品の根幹に置いたところで、人をインスパイアーさせることも、現実を抑止する力も持ち得ないと感じました。つまり、現実に近い社会性のフィクションや、パロディーが通用する感覚は麻痺し、その効力を完全に失った状態に今あると思います。

しかし、これは異常な状況であり、このまま永遠に続くことではないと思います。しかしこの状況の中で作品を造るためには、テーマ性やメッセージ性、社会性を最小限にし、手を動かすこと、作る中で楽しむことを最優先にさせる。それ以外に今の自分がリアリティーを感じながら作品制作する方法はないと結論づけました。

私の反応はアメリカのアーティスト達のテロ以降のそれとはまた異なった反応だと思います。推測するに彼らの感覚は喪失感と現実に対する驚愕。どんな大きさのイリュージョンも成立しなくなったという感覚かと思っています。私の感じている感覚は、圧倒的な力によって全てがまかり通っていることへの無力感、つまりはテロ以降の世界が見せたうねりに対する感覚なのです。僕はこの感覚は、当事国以外の世界が感じているものだと思います。

ナンセンスという名の、現実からの一時逃避というのが一番適切かもしれません。しかし、それが現在の自分の感覚のリアルな表出のための、唯一の方法のように思います。

●キングハムスターの救出

キングハムスターの救出

2004
ミクストメディア
サイズ可変







キングハムスターの逆襲

1, 救出 囚われの身となったキングハムスターを助け出す
2, 逆襲 3メートル超の9匹乗りの戦闘機で人類に反旗を翻す
3, 収集 人類の皮を剥がし収集する
  の三部作

愛玩動物として、人気を集めるハムスター。ミッキーマウスやピカチューなど、ネズミ族のスターは、ネズミ族は虐げられているのにも関わらず、人気を集めている。そのハムスター達が、人類と同等の知能を身につけ、人類に刃向かい、反旗を翻す、そしてさらには、人類に似た、残忍な趣味をも始める。

全て、フィクションに基づく立体作品。

これまで作品への社会性という名で、ニュース的ソースを作品に盛り込んで、現実をこえるアイロニーや違った未来をインスパイアーしたいと思い、継続してそのような方向性で制作をしてきました。
奇しくも、過去二回の展示で開戦、自衛隊派兵と展示テーマがかぶり、まさかとおきないだろう思っていた事件が会期前後におこるという偶然に巡り会いました。しかし、そこで感じたものは自分の無力感でした。自分のニュース的なものへの皮肉がなんの力も持たないと感じ、自分と自分の作品の意味を失う瞬間でした。

9.11以降、アフガン攻撃、イラク戦争と現実は私の想像力を遙かにしのぐスピードで、想像を超えた方向、予想がついたとしても、まさかいかないだろうと考えていた方向に向かい、社会性を作品の根幹に置いたところで、人をインスパイアーさせることも、現実を抑止する力も持ち得ないと感じました。つまり、現実に近い社会性のフィクションや、パロディーが通用する感覚は麻痺し、その効力を完全に失った状態に今あると思います。

しかし、これは異常な状況であり、このまま永遠に続くことではないと思います。しかしこの状況の中で作品を造るためには、テーマ性やメッセージ性、社会性を最小限にし、手を動かすこと、作る中で楽しむことを最優先にさせる。それ以外に今の自分がリアリティーを感じながら作品制作する方法はないと結論づけました。

私の反応はアメリカのアーティスト達のテロ以降のそれとはまた異なった反応だと思います。推測するに彼らの感覚は喪失感と現実に対する驚愕。どんな大きさのイリュージョンも成立しなくなったという感覚かと思っています。私の感じている感覚は、圧倒的な力によって全てがまかり通っていることへの無力感、つまりはテロ以降の世界が見せたうねりに対する感覚なのです。僕はこの感覚は、当事国以外の世界が感じているものだと思います。

ナンセンスという名の、現実からの一時逃避というのが一番適切かもしれません。しかし、それが現在の自分の感覚のリアルな表出のための、唯一の方法のように思います。

●jfl 親指サイズ

jfl 親指サイズ

2004
ウレタン樹脂 ラッカー塗装
w60mm h20mm d30mm







平和だと太る の超小型バージョンとして制作。

●熱しやすく 冷めやすく 玉虫色である

熱しやすく 冷めやすく 玉虫色である

2004
アクリル板、ウレタン樹脂、LED、電池、ラッカー塗装
w300mm h180mm d50mm each







熱しやすく
ブームに一気に群がる日本人をイメージ。2点で日本人の国民性を象徴。バックにはホワイトとレッドのLEDを使用し日の丸を配した。

冷めやすく
こちらはブームを一気に消費し、興味を失った状態。2点で日本人の国民性を象徴。バックにはホワイトとブルーのLEDを使用。

玉虫色である
実際の玉虫とそれに擬態するコマ犬を用いて、「玉虫色の答え」などと評される日本人の曖昧な態度を視覚化。バックのLEDは時間とともにフルカラーで明滅する。

●jfl for kiaf

jfl for kiaf

2004
ウレタン樹脂、ラッカー塗装
w260mm h100mm d120mm







Korea International Art Fairのために制作。ラッカーによる研ぎ出し、刺青ペイントを施した。

●jfl

jfl

2004
ウレタン樹脂、ラッカー塗装
w260mm h100mm d120mm







2段目 タギング、グラフィティーなど、いわゆるストリートの文化が保守的なコマ犬のたるんだお腹から浸食していく様。

3段目中、右 小泉内閣総理大臣の言「痛みをともなう改革」を視覚化。身動きがとれなくなった原因の脂肪を大胆な改革よって除去。

4段目左、中他のコマ犬よりも70㎜ロングなバージョン。より深い堕落感を表現。模様は伸びてひび割れる日の丸.

6段目 漆、津軽塗りの代表的な技法のひとつ、唐塗りをラッカー塗装でコピー。自国の文化もコピーする日本の狂気性を作者自身が体現。タイトルの「Not japan」は「漆ではない」の意.。